大崎梢『配達あかずきんー成風堂書店事件メモー』(東京創元社)

配達あかずきん (ミステリ・フロンティア)

配達あかずきん (ミステリ・フロンティア)

「駅ビルの六階にある本屋、成風堂(せいふうどう)のフロアで〜」が冒頭の一節である。新刊書店成風堂を舞台にして物語は進展する。書名の「配達あかずきん」を含めて次の5作品が収録されている。

パンダは囁く

書名や著者名をはっきりと覚えてなくて書店員にうろ覚えの情報を示して探している本を尋ねることはよくありそうだ。最初の作品は、独り暮らしの老人から頼まれた本を探す物語である。ヒントは老人から聞き取った「あのじゅうさにーち いいよんさんわん ああさぶろうに」というメモと出版社は「パンダ」、それと三冊の本を指しているらしいという三点のみ。はたして老人の所望する本は見つかるのだろうか。

標野にて 君が袖振る

母が購入した本は何であったのか教えてほしいと娘さんが成風堂書店にやってきた。当書店で面白い本を見つけ、その中に重大なことが書いてあったと電話を掛けた後、母は失踪したのである。購入した本に行方不明の理由が隠されていそうだと考えたのだ。その本は『あさきゆめみし』だった。源氏物語を漫画化した本を手にした母は一体どこに行ったのか、何をしているのか。万葉集に載っている額田王の歌「茜さす 紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや 君が袖振る」も解決への糸口となる。本作品の題名にも一部転用されている。このように古典文学と連動させながら物語を進める手法は北村薫の小説を想起させる。書店の情景から離れて、交通事故で亡くなった弟の高校時代を描く中で大団円へと向かっていく。

配達あかずきん

美容院の常連客がパーマをかけている間に手にした雑誌の中に当人を盗撮した写真と「ブタはブタ」というマジックの殴り書きがあった。その雑誌は成風堂書店が配達で届けたものだ。誰が盗撮写真を雑誌に挟み込んだのか。大捕物でハデに動き回った後、駅前商店街の情景が鮮やかに浮かび上がり駅ビルが美しいと感じられる。

六冊目のメッセージ

入院している娘に相応しい本を成風堂書店で母親が選んでもらっていた。順次5冊の本が娘さんの手元に届けられ、手持ち無沙汰な入院生活に彩りを与え、仕事関係の本しか読んでなかった女性に広く大きな世界があることを知らしめる結果となった。無事に退院できた女性は、素敵な本を選んでくれたお礼の一言を言いたくて書店に足を運んできた。ところが該当する書店員はいなかった。一体誰が書店員のふりをして本を選択したのか。読了後、ハッピーな気分にひたれる作品である。

ディスプレイ・リプレイ

出版社の販促活動にディスプレイ・コンテストがある。「自分のところの本を売ってもらうために、本屋向けにコンテスト形式の賞を設定」し「本屋がその企画に乗り、店頭にきれいに飾り付けて様子をレポートし、出版社に」送り、入賞すれば賞品がもらえる。成風堂書店は新しく入ってきたバイトの要望と熱意にほだされて人気マンガのディスプレイ・コンテストに応募することになった。バイトの友達らと共同で作成されたディスプレイは、閉店後何者かの手によって黒いスプレーでめちゃくちゃにされるのだ。イタズラをした犯人の目的は何なのか。

著者は北村薫加納朋子と同列に位置付けられるミステリー作家である。おどろおどろしい事件ではなく日常生活の一齣から生じたささやかな事件から犯行の目的や動機が解き明かされていく。大崎梢の強みは自ら書店で勤務していたことにある。自らの体験を踏まえて書店を舞台にしたミステリーを生み出した。出来るならば私も成風堂書店でバイトをしてみたいものだ。


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