大崎梢『クローバー・レイン』(ポプラ社)

彰彦(あきひこ)は大手出版社の文芸部門に所属する編集者だ。他社の新人賞贈呈式パーティーの帰りしな、酔いつぶれた家永嘉人を高円寺の自宅までタクシーで送り届けた。家永はデビューして二十数年のベテラン作家だがピークは十数年前で、その後は鳴かず飛ばずだった。

玄関先で寝入ってしまわないよう居間まで家永を連れて行った。そこで、まだ行き先の決まっていない原稿があり、彰彦は了解を得て読んで見ると、心に深く染み入る感動作であることが分かった。是非とも単行本にしたいと願い出たのだが…。

一冊の本を新刊書として本屋に送り出すには乗り越えなければならないハードルが幾つもある。無事に刊行までこぎつけたとしても売れなければ版元に返品されてしまうだけである。

第一の関門である編集長は「家永さんが別の作品でヒットを飛ばしたら」原稿を読むというのだ。それまでキープと称して原稿を寝かせておくつもりである。編集長が許諾したとしても営業の会議が待ち受けている。売れないと判断されれば了承を得ることも難しい。

現時点での売れ行きが芳しくないと考えられても、感動を誘う作品だからどうしても出版したいという熱意は周囲を巻き込んで協力者・応援者を作り出していく。メインテーマは刊行に向かって努力する彰彦の姿勢ではあるが、編集者になった理由や家永の娘との交渉も織り込んで深みのある作品に仕上がっている。

編集者になりたい人は勿論のこと、本を愛する人、本と関わりのある仕事に従事している人にもお薦めの一冊である。

クローバー・レイン (一般書)

クローバー・レイン (一般書)